どらやき
1187年源九郎義経が奥州へのがれたとき、武蔵坊弁慶は負傷し武蔵野の民家で療 養していた。その民家を出るときに銅羅と手紙を残して行った。その銅羅で焼いたのが「どらやき 」の伝説的起源といわれています。江戸時代のどらやきは四角でしたが、明治の初期に日本橋大伝 馬町の桜花亭の森田清氏が丸型の新どらやきをつくりましたが、餡に天麩羅の衣をつけるようにし て皮を焼いたものでした。現在のどらやきは上野黒門町に大正3年に開店した「うさぎや」が始祖 です。
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