※君はいくつヘェーがあるかな
 お赤飯(せきはん)は染飯(そめめし)(お米(こめ)を何(なに)かの色(いろ)で染(そ)めて食(た)べるご飯(はん))の一種(いっしゅ)で、蒸(む)したもち米(もちごめ)に 煮(に)た小豆(あずき)とその煮汁(にじる)をまぜて蒸(む)した赤(あか)いご飯(はん)のことです。強飯(こわめし)または「おこわ」とも 呼(よ)ばれ、昔(むかし)から日本人(にほんじん)のふだんからの食事(しょくじ)のひとつとされていました。
 現在(げんざい)では「お赤飯(せきはん)」と同(おな)じ意味(いみ)とされています。
 お誕生(たんじょう)や初節句(はつぜっく)、七五三(しちごさん)の祝(いわ)いなどに子供(こども)達(たち)の健(すこ)やかな成長(せいちょう)を願(ねが)い、婚礼(こんれい)の日(ひ)には将来(しょうらい)に幸多(さちおお) からんことを祈(いの)り、人々(ひとびと)は生(う)まれてから死(し)ぬまで何度(なんど)となくお赤飯(せきはん)と出会(であ)います。
 お赤飯(せきはん)は、小豆(あずき)の煮汁(にじる)を混(ま)ぜた冷水(れいすい)に、もち米(もちごめ)をつけて色(いろ)を染(そ)め、あらかじめ 煮(に)た小豆(あずき)を混(ま)ぜて、セイロに入(い)れて蒸(む)し、途中(とちゅう)で冷水(れいすい)を打(う)ち再(ふたた)び蒸(む)して作(つく)ります。
昔(むかし)の記録(きろく)では「強飯(こわめし)」は現在(げんざい)の「白蒸(しらむ)し」 すなわち白(しろ)いおこわのことで、お赤飯(せきはん)は赤小豆(あかあずき)を混(ま)ぜたものとして呼(よ)ばれていまし た。また、ふだんの食事(しょくじ)ではすべて白蒸(しらむ)しでしたが、小豆(あずき)を混(ま)ぜて赤色(あかいろ)に染(そ)めるの は「家族(かぞく)に何(なに)か出来事(できごと)のあった時(とき)の印(しるし)」であったといいます。
「家族(かぞく)に何(なに)か出来事(できごと)のあった時(とき)」って、良い事があったときなのでしょうか、 良くないことがあったときなのでしょうか?
 今(いま)ではお赤飯(せきはん)は、良(よ)い事(ごと)があったときに使(つか)われ、良くないことがあったときは白蒸(しらむ) しとされていますが、むかし京都(きょうと)では、反対で良(よ)いことがあったときに白蒸(しらむ)しを使(つか) い、良(よ)くないことがあったときに赤(せき)飯(はん)を使(つか)っていました。江戸(えど)では4月から8月までは 白蒸(しらむ)しで、9月から3月はお赤飯(せきはん)と季節で使(つか)い分(わ)けていたという説(せつ)もあります。
 また、お赤飯(せきはん)には、南天(なんてん)の葉(は)を添(そ)えますが、 これは「難転(なんてん)」という意味で、鏡(かがみ)の裏模様(うらもよう)につけたり、則(かわら)に近(ちか)い鉢植(はちうえ)などに植(う)えて、不吉(ふきつ)な ことを ・不浄(ふじょう)なことを転(てん)ずる意味(いみ)に使(つか)ったとされています。
 お赤飯(せきはん)に使う小豆(あずき)は、薬効(やっこう)があるといわれ、身体(しんたい)によいとされていて、小豆の 赤(あか)い色(いろ)は邪気(じゃき)(病気(びょうき)を引(ひ)き起(お)こすもと)を追(お)いやり、厄除(やくよ)けの力(ちから)をもつと信(しん)じられ、 祝(いわ)い事(ごと)や特別(とくべつ)の行事(ぎょうじ)に使(つか)われています。
 鎌倉(かまくら)時代(じだい)末期(まっき)のころの、お公家(くげ)さんが行事(ぎょうじ)を行(おこな)うときのご飯(はん)のメニューには、 必ずお赤飯(せきはん)が供(そな)えられていましたが、多(おお)くの町人(ちょうにん)の間(あいだ)でお赤飯(せきはん)を用(もち)いるように なったのは江戸(えど)時代(じだい)後期(こうき)からといわれています。
 
 
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